風の住む街  I'm in Kenya。

カテゴリ:思うこと( 20 )




Man in the mirror

昨日は調べものやインタビューの準備をしながら
久しぶりにMichael JacksonのMan in the mirror を聴いていた。
去年のサンフランシスコのゲイパレードで聴いて
一時期、本当にこればっかり聴いてた気がする。
その直前にMJが亡くなったから、街中にMJの曲が溢れていた。
この曲を聴くと、去年の夏に出会ったゲイの友達を思い出す。

なんでLGBT(Lesbian, Gay, Bisexual,Transgender
      /レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)
の人たちは差別されなければいけないのか?
とただただ疑問に思う。だめだというひとたちの意見を聞いても
ちっとも納得できない。
だいたいの理由が「自然じゃない」だとか「自然の摂理に反している」
とかそういうものだけれど、それは自分の「自然」であって、他人に強制できるものじゃない。
日本人が鯨を食べるとか韓国人が犬を食べるとかそういうのだって
それはほかの国のひとからみれば野蛮かもしれないけれど
それは彼らの「自然」であってあたしたちのものじゃない。


パレードでは、LGBTだけでなくLGBTの親や彼らを両親に持つ子どもたちも友達も歩いていて
素直に「そうだよな、同姓婚って認められて当然だよな」、と思ったのを覚えている。
ちょうどその1ヶ月くらい前にカリフォルニアのProp.8(同姓婚禁止の法律)
が可決しまったばかりで
カリフォルニア=LGBTウエルカムというわけではないんだな、というのを感じた。
それからいくつかの州がゲイマリッジを受け入れるようになったので
総合的には増えてきているのだけれど。

友達が「ほんの数十年前まではアメリカでは黒人と白人の結婚は認められなかったんだ。
でも、今じゃ信じられない話でしょう?同じように
昔はゲイの結婚が認められなかったなんて信じられない、っていう日が来ることを僕は信じてる。」
って言うのを聞いて、胸が熱くなった。その日が来ることをあたしも信じたい。

 
DCのパレードのあと、MILKという映画をやえさんが見せてくれた。サンフランシスコの政治家Harvey Milkの話で、見終わったあとは涙が止まらなかった。
確か、これショーンペンがアカデミー賞を取ったんじゃなかったっけ。
本当にすばらしい映画ですので、まだの方はぜひぜひ。

宗教が関わってくるので、ややこしい。
宗教というのは、人が人生をよりよくするためにあるものだと思うけれど
人が人を裁くために使われているような気がしてならない。
さらに、ケニアで宗教が都合よく解釈されているような気がする場面をよく見かけるので
どんどん宗教に不信感が増していく。あ、宗教そのものというよりも、信者に対してだね。
宗教そのものはここにあるけれど、その解釈が問題を生み出すんだと思う。


同姓婚と中絶について、私はもちろん賛成派です。支持します。
人の一生を左右することに対して、なんで他人がYesとかNoとか言えるんだろう。
そのおこがましさにげんなりする。自分を何様だと思ってるんだろう。
だって、すきなひとと一緒になりたいっていうのはごく当たり前の感情で
当たり前の権利でしょう?それをを止める権利は他人にはないもの。


日本にいると、ごく限られたひと、というイメージが強いし
いないものだ、と思われていがちだけれど、そんなわけはない。
今隣にいる友達が、家族が、親戚が LGBTじゃないってどうして言い切れるの?
一度考えてみてほしいと思う。
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by enoringo | 2010-07-11 00:22 | 思うこと

ナイチンゲール

結局、Dデーは来なかった。
APHIA Plusが始まる9月前までに、うちの団体が
参加できるかどうかがわかるとのこと。
そんなー。
なんだか気が抜けてしまった。けど、仕方なし。

今できることをやるしかないのよね。
ので、うちの団体のボランティアのひとに頼まれて、
奨学金を出してくれる団体を探したり、引き続き職業訓練の評価測定を行っている。
この評価測定、統計学が必要となってくるのですが
以前大学院で必須だったリサーチのクラスで少し出てきて
ちんぷんかんぷんだったので、今のうちに勉強しようと思う。
時間があるうちに。

やっぱり仕事だけで生活は成り立っていないわけで
いろいろ気持ちを保つのがしんどい。ここ最近、特に。
そんなときには、尊敬するひとのブログを読み返したりしている。
テンションを上げるために。
知りたいことを見つけるとテンションが上がる。
落ちた自分を上手に上げる方法を知っておくというのは、すごく大切。
もっと見つけて、アップダウンをなくしたい。
っていうか、なくさないと。

今日はナイチンゲールについての話が引っかかったので、それについて。
うちの両親は本をよく買ってくれたな(ありがとう)、と思うのだけれど
その中でも、母は伝記を読むように、とよく言っていました。
その当時はなんでか分からなかったけれど、今になってみると
すごいよかったと思う。もっと読んどけばよかったと思うくらい。
初めて読んだのはキュリー夫人で、本の中の写真が白黒で
なんとなく怖いと思ったのを覚えてる。
その次がナイチンゲールだったと思う。確か小学校2年で感想文を書いた記憶もある。
その頃は、ふーん、すごいな、って思った程度だったけど
今その内容を思い返してみると、どんだけすごいひとだったのか、と思う。
(だから、有名なんだよね。すんません、ありきたりな表現で。。)
治療だけじゃなくて、生活環境、衛生状態にもちゃんと気を配るとか
そういう今では当たり前のことが当たり前じゃなかった当時の病院の環境を
変えていったのも、彼女。
そういうもんだ、という固定観念に疑問を持って
さらにそれを変える、というのはものすごいエネルギーが必要なことだと思う。

そのブログに、彼女の言葉が紹介されていて、それにはっとした。
(原文が分からないので、割愛。もし興味あったら、あたしに連絡ください。)
常にぐいぐい前進していくひとの強さと潔さ。
それに引き換え、なんだこのあたしの停滞っぷりは。
情けないったら、ありゃしない。

自分のやりたいこと、というか今現在の目的地がひとつの点に集まったと思っていたけれど
実はそうではなくて、ばらばらとしていて
さらに全然具体的じゃない、ということに最近気がついた。
たとえば、性目的の人身売買に取り組みたい、と思っていて
教育分野から関わりたいと思っていたけれど
それを正面きって被害者と関わるのか、もしくは間接的(売買の要因など)に関わるのか、
間接的ならどういうふうに、とかいろいろ細かく分かれてくる。
なんとなくぼやっとしている。もしかしたら、一時的な気持ちなのかもしれないけど
ぼやっとしている。ひょっとしたら、少し離れてみたほうがいいのかもしれない。
全然関係ないところに、ヒントは落ちてることがあるから。
焦るなあ。とにかく動いて、ヒントを見つけよう。



*今日の五右衛門さん*
お腹に寄生虫がいることが分かり、それ用の薬を買って飲ませることに。
その薬がめっちゃピンク。なかなか飲んでくれないために
彼の口の周りがピンクにまみれてしまったよ。
寄生虫が出て行ってくれますように。
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by enoringo | 2010-06-24 21:08 | 思うこと

Keep Tryin'

なんとなく停滞している。いろんな雑音に捕らわれてしまいがちだ。
だからといって、それに甘んじていても何も変わらないので
とにかく動くことにしている。
それでも不安は消えない。

今日読んだ岩瀬さんのブログで
『どれだけ小さいことでもいい。自分ができることから、やろう。最近は、そう思っている。』
(日本の国際競争力/生命保険 立ち上げ日誌 より)

なんだかちょっとなぐさめられた気分。


最近、ボスに対して意見を言っても、彼女を変えることは難しいんだと悟った。
悲観的すぎる、とかなんとか言われても
待っていたって、勝手に問題が解決するわけがない。
誰かが魔法を使って、解決してくれるのを待っていたって
問題はそこにあるのだ。
けれど、彼女はそれが理解できないのか、理解したくないのか
とにかく問題を直視できていない。
見たくないものを見させようとしても、意味がない。

オフィス内では、社会に、政府に、うちのボスに対して
不満があふれている。
意見があるのはいいことだけれど
その不満に対して、何か自分がやっているかどうか?
という点も忘れてはいけないと思う。
文句なら誰でもいえる。それに対して、自分はどう解決法を見出すか。
そうでなかったら、ただの負け犬の遠吠えだ。

他の団体を立ち上げようと話があって久しいけれど
話は動かない。だったら、勝手にすればいいと思うようになった。
動くのも動かないのも彼らの選択だし、選択肢はすでに目の前にあるんだから
それ以上はあたしがしゃしゃり出ることではない気がする。

で、一緒に動きたいと言ってくれている子と動き出した。
小さなことでも、今できることをやっていこう。

今のあたしはいろんな怒りと悲しみでいっぱいだけれど
それを動くパワーに変えないと。
あー、書いてたら涙がでてきた。絶対負けない。


Lately, I’m totally stuck. I cannot shut noises from outside. Even so, nothing gonna change by itself if I don’t do anything. So I try to keep moving on. But still I can’t feel right.
Today, I read Mr. Iwase’s blog entry. (I’m a big fun of him!) He said,“It doesn’t matter even if it’s small. Let’s just do whatever you can do. I feel that way lately.”
http://totodaisuke.asablo.jp/blog/2010/06/21/5174224
I feel better now. Thank you very much, Mr. Iwase.

Nowadays, I understand that it’s impossible to let her understand current situation of our organization. She said that I was too pessimistic. But I don’t think so because issues cannot be solved by themselves. Nobody is able to resolve our problems immediately by magic. Our issues are still here. But she cannot understand or doesn’t want to understand the fact. At first, I tried to explain to her, but now I gave up. I can’t and shouldn’t “force” her to understand the reality.

There are so many complaints against the Kenyan society, government, and our boss among our officers. It’s good that people have their own opinions. But if they don’t take any actions against those complaints, they’re just losers. Finding other people’s faults are so easy, but what can you do for that?

I started some project with my co-worker. I don’t want to be a loser, so I just keep tryin’. please cross your fingers!
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by enoringo | 2010-06-21 19:32 | 思うこと

Up!

昨日は、昼寝をしてしまったせいか うまく寝付けず
しかも朝もいつもの時間に目が覚めちゃった。
ので、前からやろうやろうと思っていた
手打ちうどんの生地を仕込んで、屋上へいってみた。

今日は日曜だからそのうちに目の前の教会から
怒鳴り声(怒ってないから怒鳴りじゃないか?)が聞こえてくるんだろう。
だけど、まだ朝早いから平気。
曇り空の隙間から、朝日に染まった雲が見えて
ナイバシャ湖が静かにあって、見とれてしまう。

3年以上前から読んでいるひとのブログが途絶えていると思っていたら
引越ししていたことを思い出して、アドレスを探して読んでみた。
彼女はまたボストン舞い戻っていた。
どんどん新しいことを吸収している様子で、ちょっと焦った。
自分は何をしてるんだろう?日々の作業に埋もれて
目的を見失いがちになってる気がした。

今やってることは何のため?
今いるNGOの安定した活動費を確保すること。

その安定した活動費で何ができる?
女性がCSW(コマーシャルセックスワーカー)になるのを防ぐ活動ができる。

そのお金は効果的に使われてる?
。。。。

CSWになるのを防いでると言える根拠は?
。。。。


OJT(On The Job Training,実際に仕事をしながら、訓練する訓練手法の一つ)は
日本の企業ではよく使われている(海外はどうなんだろう?)。
あたしも新入社員のときは、入社して結構すぐにOJTが始まって
先輩の仕事を見よう見まねして仕事を覚えていった。
でも、いつもかすかな不安があった。
これって、本当に効果的なのかな?ということ。
絶対的な保証というか、何か根拠となるものがなかったから。
今までそれでうまくいってた、というのは根拠にならないし。
業績が悪くなっていっていた時期だったから
それが社会的要因(少子化)のせいなのか、時代にあっていない取り組みなのか
とかそういうのは、経験では図れないものだから。
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ、とはよく言ったものだけれども
何か絶対的な(っていうのはちょっと乱暴だけれど)物差しがほしかった。

だから、開発の分野をやりたいと思っていて
やっぱりやろうと踏み切りかけたときに、まず思ったのは
その物差しを手に入れたいということ。
なんとなく経験で、とか今までこうやってやってきたからとか
そんな脆い土台じゃなくて、確固とした論拠を持ち出せる人間になりたかった。
で、それがあたしにとっては大学院がそのための手段だった。
卒業を前にしても、これで大丈夫という気持ちにはなれなかったし
ここからがスタートだと思ったけれど
それでも、物差しが実際に存在すること、その探し方とかが分かっただけでも
よかったと思った。

で、今。
その物差しについて、考える回数が格段に減ってしまった。
私はあくまでも部外者で、押し付けることはできない、と思うから、
っていうのもあるけれど、今知りうる物差しが少ないから
という答えに今行き着いた。
教科書だけでは分かりえないことがこの世の中にはたくさんあることは
分かっているけれど、やっぱり自分の発言を支える根拠は必要だと思う。
彼女のブログを読みながら、そんなことを考えていたら
いても立ってもいられなくなった。

学校に戻りたいけれど、戻れるわけもないし
オンラインのクラスをとるというのも、ネット環境が厳しいここでは
現実的でないし。なんだか焦ってしまうんだけれど、ここにいてできることからやっていこう。
もしくはナイロビで何か授業を取ろうかな。
ナイロビに着いた当初考えていたんだけれど、そのままになってた。
もしも、どなたかお勧めのクラスとか勉強グループとかがあったら教えてください。
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by enoringo | 2010-04-18 14:19 | 思うこと

開発分野の給与について

今、調べものをしていて、気になる発言があったので自分なりに
思ったことを書いてみたい。


JICAのジュニア専門員の給与体系についての政策提言だったんだけど
給料は派遣された国の物価にあわせるべきじゃないか、というのが
そのひとの意見だった。
たとえば、どっかの国の物価が日本の半分なら
給料も半分でいいだろう、ということ。

確かに、一理あるかもしれない。
ある程度は物価によってスライドさせるべきだというのは理解できる。
国連だって、給料の一部は派遣された国の物価によって変動がある。

だけど、完全に現地物価にあわせた給料(つまり現地採用と同じということ)
その人が日本に帰ったときに、その人の貯金は半分の価値になってしまう、ということになる。
それでは、いい人材は集まらないんじゃないだろうか。
開発分野のひとは、途上国のひとのため、世界平和のためにやってるんだから
お金じゃないわよね?というイメージを持たれることがあるけれど
それとこれは別だと思う。
職業なんだから、プロとして対価を支払われるのは当然のこと。
開発系の仕事は、対外国だけれど回りまわって
日本にも大きな影響を与えるわけだし、削りすぎるのは危険だと思う。
それよりも、年度末の道路工事について語るほうが
よっぽど有効だと思うんですが、どうなんでしょう。

公の人のビジネスクラス(飛行機)の使用についてについて取りざたされることがあるけれど
たとえば、忙しいスケジュールの都合上
目的地に着いた翌日からフルで動き回らなくちゃいけないひとなんかは
長いフライトでの疲れを残さないためにも、ビジネスに乗ることは
必要経費だったりするんじゃないかなあ。
ここらへん、Foxyの社長の本の影響を受けてるんですが
お金と時間のバランスって必要だと思う。
ので、一概に非難するのはどうかと思うのです。時は金なり、ですから。


無駄をなくす、という発言はもっともだと思う。
税金は国民全員(しいて言えば、支払った外国人も含めるべきでしょう)のものだから
発言する権利もあるとも思う。
けれど、それに対する反論をする権利もあるわけで
ちょっと書かせていただきました。
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by enoringo | 2010-04-18 03:02 | 思うこと

オフィスは必要か?

今週はオフィスに行くことがほとんどなくて
インターネットのあるインターネットカフェでiPodを聴きながら
作業していることがほとんど。

いつもはお昼に、オフィスの子が食パンを買ってきてくれるので
それをみんなちょこちょこつまんだり
お昼を食べに出て、ついでにサボる(のにつきあう)ことが多いのですが
一人で食べに出られる環境なので、ちょっとうれしい。
やっぱり食パンのみではおなかが変にすくんだもん。

で、今までみんながよく行くお店以外にも
開拓しよう、と思ってぷらっと入ってみたら気に入って
3日連続行ってしまった。
ひっそりとした入り口と雰囲気、あと食べ物もおいしくって。
いつも行くお店のほうが値段と味の割りに高いのに
なぜ?すぐそばなのに。

そんなことはおいといて、今日もご飯を食べながら
ふと今日のタイトルについて考え始めました。
それは、オフィスに行かなくても仕事ができるなあ、と
思ったことがきっかけです。

会社(団体)にオフィスは必要か?

毎日同じ場所で仕事をするにしても
社員全員がそろう必要がなければ
定期的なミーティングをどっかの喫茶店とかでやる以外は
好きなように仕事をするっていうことにして
いいのではないか?
もちろん、メーカーとかになるとサンプルとか商品を
置く倉庫は必要になるけれど
オフィスの維持費を考えると、そこまで必要なのか?という
気がしてくる。うちの団体は前の場所(街のビル)が狭かったから、ということで
引越しをして、月Ksh1万の1軒家の1階を借りています。
でも、マタツ乗り場から歩いて30分くらいかかるので
お客様とかがくるときとか、何か街に用事があるときに
ちょっと不便。
今の場所は広くて、みんなそれぞれの机があるけど
結局みんなが集まる場所で作業してるし
広い意味があまりない気がする。
お客様がきたときに、感じはいいけどね。
(でも散らかってる。。。)
ヤドカリのように、大きい場所を借りて
それに見合う大きさの団体になるように、ということなのかもしれないけどね。


インターネットが普及している今、会議もオンラインでやろうと思えば
できるわけだけれど、効率以上の何か(結束とか会社への結びつきとか)を考えると
それだけでは割り切れないのかな。
なんとなく、そんなことを考えつつご飯を食べました。


ちなみに、ホテルという看板を掲げるレストランがよくあるのですが
本当に宿泊施設なのか、もしくはレストランをホテルと呼ぶのか、謎。
見るからにトタン板で数畳のお店に見えるところの入り口にも
ホテルって書いてあるんだけど。。。
アジアの売春宿とはまた違う感じだし。。。
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by enoringo | 2010-03-26 03:31 | 思うこと

Just do it.

昨日の夕方、NaivashaからNairobiに戻ってきました。
いろいろ書くことがあるなあ、と思っていたのですが
何から書いていいのやら。
ということと、ちょっと(っていうか結構)腹が立つこと、納得いかないことが
多々あって、もやっとしているので、別のことを。

以前、講演会に参加したライフネット社長の岩瀬大輔さんのブログの
紹介をしたいとおもいます。

今日読んだ岩瀬さんのブログは何事もやるのに最適な時というのはない、
というものでした。やり終えて、初めて何かをするのに適した状態になるのだ、
という内容でした。

"Never too early"/ 岩瀬大輔〔生命保険立ち上げ日誌より)

http://totodaisuke.asablo.jp/blog/2010/02/04/4856161

本当にそう思います。

たとえば、スワヒリ語。
まだ文法がよくわからないから、スワヒリ語ネイティブとは話せない、
話したくない、だとかみんなの前でしゃべりたくない、と
思ってしまいがちだけれど
わからないなら、わからないなりに突き進んで
そこでまた課題が見えて。。。という風に
話始めるのに最適な時期を待っていたらいつまでたっても
話せないのだと思う。

少しくらい大きめの靴を履いたって
その大きさにフィットするような足になれるのだ、その靴を履いたら。
『その靴は大きすぎるよ』なんて言うのは
きっと言い訳なのだ。
(まあ、現実問題としては靴はもののたとえなんですけど。
足の大きさはもう大人だから変わらないもんねー。)


ただやるしかないのだ。
Room to ReadのJohn Woodは
みんな、できない理由を探したがる、といったけれど
本当にそうだと思う。
できない理由を探すくらいなら、どうやってやればいいのかを
考えたほうが元気になれるし、前に進めるのに。



たまに、英語ができていいね、といってくださるひとが
いるけれど、正直ものすごく答えに困る。
今だって自分の英語力に悩まされているからだ。
ペーパーを書けば、たくさんの間違いに落ち込むし
相手が何を言っているのか100%理解できないことだってよくある。
ネイティブからしたら、変な英語なんだろうな、と悩むことばかりだ。
だから、今でも毎日英語に触れるようにしている。
そうでなきゃ、うまくなれないから。
文句を言っても始まらないから。
物覚えが悪いのを自分でわかってるから。
なんで英語ネイティブじゃないのか、って
たまに愚痴ってしまうけど、努力もしてる。
だから、何の努力もなしに話せるようになったんだろ、的なニュアンスで
言われると、正直むっとくる。
あたしが帰国子女だとか
親が英語のネイティブスピーカーだったらわかるけれど
そんなんじゃない。文字通り、心身ともにぼろぼろになってやってきたからだ。
留学してたひとはいいよね、みたく言われると
思わず、すんません、と自分に非があるような気持ちになってくる。
かなり傷つくんだけどなあ。
なんだかいろいろ面倒くさいもんです、ひとってやつは。
でも、大切なことはそんなことじゃないから
やるしかない。
だから、今日のタイトルはJust do it. なのです。


こんな話で終わるのもアレなので、小話をひとつ。
今日、朝ごはんを食べ終えて
部屋に戻ってきて、しばらくしたら
同部屋のみほちゃんがあっ!というので
何か思ったら、猿猿猿!
たくさんの猿がエサを探しに来ていたようで
部屋に入りそうだったみたい。
一匹はひとかけらのザクロを食べてました。
かわいー!
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by enoringo | 2010-02-06 19:33 | 思うこと

ことばについて

わたしは言語そのものがすきです。
前からちょこちょこ書いたりしていたのだけれど
なんとなく浮かんでいたことをまとめて書いてみたくなったので
書いてみようと思います。

ああ、ことばっておもしろいなあと思ったのは
中学か高校の国語の授業で
ぞうさんの歌について書かれたエッセイを読んだときだったと思います。
そのエッセイの内容はもうあまり覚えていないんだけれど
ラジオからぞうさんの歌が流れてきて
その歌が届けられたことへの感謝とかそんな感じだった気がする。
ぞうさんの歌を知らないひとはいないくらいだけれど
歌詞を文字としてみたひとはどれくらいいるんだろう?
わたしもそのひとりで、その授業ではじめて見た。
歌詞はほとんどひらがなで書かれていました。

------------------------------------------
ぞうさん/まど・みちお作詞

ぞうさんぞうさん 
おはながながいのね
そうよ かあさんも ながいのよ

ぞうさんぞうさん 
だあれがすきなの
あのね かあさんが すきなのよ

-------------------------------------------

ほんとうにかわいらしい会話で
かあさんと同じながいおはなを得意げに
語っているぞうさんが思い浮かんでくるようです。
この歌を見ていると
ほんとうにハッピーな気分になります。
でも、これが漢字になるとどうでしょう?

----------------------------------------------
象さん/ まど・みちお作詞

象さん象さん 
お鼻が長いのね
そうよ 母さんも 長いのよ

象さん象さん 
誰が好きなの
あのね 母さんが 好きなのよ

----------------------------------------------
ちょっと印象が違って見えませんか?
こんなに印象が変わってくるなんて
文字ってすごい!とそのとき目が覚める思いでした。

それから古文を習って、言葉=言の葉、とか
歌で会話を取り交わすとか、すごいロマンティックだし
日本語ってなんて芸術的な言語なのかしらん?と思います。

英語独自の言い回しや言葉ですきなものもあるけれど
やっぱり英語で言葉の奥にひそむニュアンスまでは
まだまだ読み取れません。
留学していたときは、それで結構辛い気持ちになったけれど
今はそういうもんかなあ、くらいの気持ちです。
ネイティブじゃないんだもん。
このブログの英語もたくさん間違いあると思うけど
そこらへんは仕方ないと割り切るしかない。
そういう意味で、アメリカを離れて
英語の呪縛から解き放たれてよかったのかな。

話を戻すと、日本語の美しさを生かすのは
言葉の芸術である短歌や俳句、詩だと思います。
ケニアに詩集を1冊持ってこようと思って
迷いに迷って、結局尾形亀之助の詩集を持ってきました。
彼の詩を読み込んではいないけれど
商店街の蛍光灯のような飾りっけのない言葉が紡がれているので
インパクトありまくり!おしゃれ!という感じの詩では
ないけれど、広告の裏紙に書き留めて
ポケットにがさっとつっこんで持ち歩けるような気軽さ、
気取りのなさがすきです。

ひとつここで紹介したかったのですが
荷物をまとめて置いてきてしまったので
また後日。
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by enoringo | 2010-02-02 03:06 | 思うこと

そうか。

先日、本だか新聞だかで読んで驚いたこと。

中学生のときに、いじめがクラスで起こっているのを見ていながら
何もできずに、見て見ぬふりの自分に傷ついていた、という文章。

そうか、そういうこともあるのか、と目から鱗だった。
今までの自分だったら、こいつ何もしない卑怯者じゃねえか、と思っていたから。

この考えを他のことに適応してみると
いろんなことが見えてくる気がした。
たとえば、友達に相談したのにうまく答えてくれなくて
苛立ったときに、その友達があまり真剣にとらえてないんじゃないか
と思っていたけれど、ひょっとしたら
その子はうまくいえない自分に傷ついてたかもしれない。
人が考えてることは、外側からからは計り知れないのだ。

これを考えていて、これってHIV/AIDSとも通じる話だな、と思った。
ひょっとしたら、電車で隣に座っている誰かがHIV陽性者かもしれない。
冗談を言い合ってる友達がHIV陽性者かもしれない。
もしかしたら、大好きなひとがHIV陽性者かもしれない。
でも、表面からはわからない。
わからないから、わからない、っていうことを知っておく必要があるんだと思った。

さらに、これを発展させると
知らないうちに誰かを傷つけてることってあるわけで
それを考えたら、どうやって誰かと接することができるんだろう、という
ちょっと恐怖のようなものが生まれてくる。

たとえば、あたしがこうやって協力隊にいくことを
話すのを笑顔で聞いてるけれど、実はいろんな理由で
海外で暮らすことができないってあきらめた人がいるかもしれない。

たとえば、友達の大好きな恋人の話をなんでもないように
うんうんってコーヒーを飲みながら聞いてるけれど
実は別れた恋人のことが忘れられなくて
夜も眠れないのかもしれない。

たとえば、友達の仕事の愚痴を聞きながら
自分が失業中であることを言い出せずにいるのかもしれない。

いろんな可能性があるんだな、って思ったら
結構これってこわいよな、と思った。

本当の友達なら、ちゃんと自分の気持ちを打ち明けるべきじゃないの?
って大学生くらいまでのあたしなら思ってたんだけど
本当の友達とそうでない友達の境界線ってなんだろう。
(ああ、もう中学生日記のノリだあね。。。)

こうしたらいいんじゃないか、っていう
提案があればこのエントリーもうまくまとまるんだけど、残念ながら
あたしの思考はここ止まりです。
書き逃げってやつでしょうか。
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by enoringo | 2009-12-14 21:44 | 思うこと

Economics

I wrote this post and unintentionally I closed it before saving it. Oh, well...

I'm interested in economics these days. Actually, I took several econ classes
10 years ago, but I was not that good student and I forgot most of them...
I've been fascinated by figures since I interned in a NGO.
I thought that quantitative evaluation is important as well as qualitative evaluation.
I do know that it's so hard to quantify everything, but still it must be crucial to
do that.

I was so amazed by a result of the customer's data analysis.
I didn't think that much when I started, but after I saw the result,
it gave me a clear evidence to our estimation.
The data was just data like a two dimension world until the analysis, but after that,
the data became a three dimension world.
Also, when I read a fiction story on a guy who was a mathematician,
I was fascinated by the fact that figures could have and make a story.
Moreover! My friend who studies on economics told me that econometrics
would give me answers to my questions when I asked him.
Now, I'm so interested in economics. Why not?

I may have some illusion on figures, but still I believe that
I can get another aspect of development fields.
I wish I would have studied hard in econ classes, but it might be not too late.
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by enoringo | 2009-11-13 00:33 | 思うこと

青年海外協力隊21-3でケニアのナクルで生活しています。家のそばからナクル湖が見えて、シーズンになるとフラミンゴで湖の端がピンク色に染まるのが見えます。
by enoringo
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